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山口地方裁判所 昭和35年(わ)65号 判決

被告人

千葉輝樹

外一名

主文

被告人両名をそれぞれ罰金弐、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(事件に至るまでの経過)

全逓信従業員労働組合(以下全逓労組と称す)は昭和三四年一一月甲府市で開催された二〇回中央委員会において、団体交渉の再開、ILO八七号条約の批准、仲裁々定の完全実施、年末手当その他の経済的要求などの諸項目にわたる年末斗争の目標を採択し、右要求獲得のため労働基準法三六条に定める時間外及び休日労働に関する協定(以下三六協定と称す)の締結を拒否し、職場において遵法斗争を行うとの斗争方針を決定した。同組合中国地方本部においても、同月島根県玉造に一三回地方委員会を開催し、中央委員会の右決定を確認するとともに、同年一二月一日以降三六協定の締結に応じない、年賀郵便はがきには手をつけない、非常勤職員はボイコツトするとの三項目の斗争方針を決定し、主目標である団体交渉再開のため三六協定締結拒否を中心に強力な斗争を行うこととし、その旨下部各機関に指令し徹底を期した。同時に、その頃郵政省当局が右斗争に備え地方の郵便局長殊に特定郵便局長を通じ各局毎に三六協定の締結を働きかける動きが見うけられたため、特に右地方委員会の決議にもとづき、管内の全郵便局長に対し、同年一一月一七日付中国地方本部執行委員長武部文名義の警告書と題する書面をもつて、右の強力な方針を打出したこと並びに若し局側において、事の大小を問わずいささかなりとも下部機関に対し切崩しや分裂策を計画しまたは実行し、或いは三六協定の締結を促進しまたは調印せしめた場合は、地方本部は直ちに斗争指令を発出し中国五県下の組合員を大量動員して抗議の集団交渉を展開する用意がある旨通告した。

かかるおりから、山口県都濃郡都濃町大字須万所在の須金郵便局は、局長のほか定員外勤一〇名内勤八名の局員からなる純農村地帯にある集配特定郵便局であり、同局の従業員は局長と局長代理を除き全員全逓労組の組合員で周西特定局支部須金局班に属していたところ、同郵便局長福田角一は上局の指導もありかねて三六協定締結の希望を有していたが、同三四年一二月七日頃勤務時間終了後貯蓄奨励年末繁忙対策打合せの名目で居合せた局員全員を宿直室に集め、三六協定締結方を要請し、締結した場合の有利な点について種々説明した。右集会後右須金局班は組合員だけで局長の右要請について協議したが、多くの者は局長との縁故関係で採用されているうえ、局長と同じ狭い地域に居住していて、職場のみならず日常生活においても結びつきが少くないなど特殊の事情があり局長の要請をむげに断りきれないのに、一方組合の上部機関からは三六協定を結んではならないとの指令をうけているという矛盾した立場に追いこまれ、もともと、組合活動に関心がうすく前記斗争の意義について深い認識を持たない者が多かつたため処置に困り、結局班長今田一男と支部執行委員国長梅香の両名にすべてを一任することになつた。右両名は他局の状況を見て締結する積りでいたところさらに福田局長より申入れがあり、結局同月九日同局長と今田班長との間に有効期間を同日から同三五年二月八日までとする三六協定が締結された。それより先にも周西支部に属する戸田郵便局班と米川郵便局班において当該郵便局長との間に三六協定を締結していた。全逓労組山口県地区本部は同三四年一二月一一日に至り、周西支部より以上三局において指令に反し三六協定が締結された旨の電話報告をうけ、直ちに同支部に対し実情調査を指示したが報告を得られなかつた。けれども、同本部としてはかかる結果は組合員個々に対する局長の悪質な切崩し政策によるものと判断し、警告を無視して三六協定締結を強行した三局長に対し断固鉄槌を下すとの方針を決定し、即日管下各支部に対し三局合せて四〇名位の動員方を指示した。次いで、徳山市において地区執行委員会を開き協議の結果、動員者を三組に分け地区本部の執行委員が責任者となりそれぞれの組を引率し、翌一二日上記三郵便局長に対し抗議と協定破棄のため集団交渉を行うことに決定した。地区本部書記長である被告人千葉輝樹は責任者として地区本部青年婦人部長である被告人豊島実はその補佐役として、須金郵便局に交渉に赴くことに決つた。

(建造物侵入の罪となるべき事実)

被告人両名は、右決定に従い、動員された組合員福田富香、重岡猛ら一三名位とともに、同月一二日午前九時過頃須金郵便局通用門前に至り、通用門引戸正面に貼紙をもつて、本日勤務を要する職員以外の者は許可なく立入りを禁止する旨掲示がなされており、かつ、同門前において、広島郵政局長の命により須金郵便局長補佐のため派遣され警備中の中村慎省から、局内への立入りを拒否されたにもかかわらず、互に、右阻止を無視し強いて入局することの意思を連絡したうえ、先頭附近にいた者が通用門の引戸を押し倒すなどし、実力をもつて右阻止を排除して、同所より外務員室を経て事務室に全員立入り、よつて同局長福田角一の看守する須金郵便局々舎内に、その意思に反して侵入した。

(入局後暴行に至るまでの経過)

入局後先ず被告人千葉において、事務室内の局長席に至り、福田局長に対し、身分を明らかにしたうえ警告に反し三六協定を締結したことを詰問しその破棄を要求したが、同局長は合法的に結んだもので破棄できないとして一向にこれに応じようとしなかつた。かような局長の態度に憤激した被告人ら一同は、同局長を取巻き、吸取紙の台で局長の机をどんどんたたき、算盤を振つて音をたてるなどして口々に非を鳴らし協定の破棄を求めたが、同局長は腕を組み眼を閉じ頑強に沈黙を守つたため、その額や肩をこずいたり悪口雑言を浴びせるなどしてさらに回答を迫り一層喧騒を極めた。

(暴行の罪となるべき事実)

かような状況のもとで、被告人豊島実は同日午前九時三〇分頃前記事務室内において

(一)  引つ張り出せという組合員の声に応じ、机に向つていた局長福田角一を、腰かけていた回転椅子もろとも左後方に約五〇ないし六〇糎持ちあげるようにして引きずり

(二)  その後も三六協定の破棄を迫り喧騒が続いたため、前記中村慎省が福田局長にかねて用意していた退去命令書を出して渡すよう助言するや、片手で右中村の胸部を一回突いて押しのけ

もつてそれぞれ暴行を加えた。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律によると、被告人らの前記行為中建造物侵入の点は各刑法六〇条一三〇条前段罰金等臨時措置法二条三条に、同豊島実の暴行の点は各刑法二〇八条罰金等臨時措置法二条三条に該当し、同豊島の建造物侵入の行為と二個の暴行の行為とは手段結果の関係にあるから刑法五四条一項後段一〇条により最も重い建造物侵入罪の刑に従うところ、後記のような事情を考慮し所定刑中いずれも罰金刑を選択し、所定の金額範囲内で被告人両名を各罰金弐、〇〇〇円に処する。右罰金を完納することができないときは刑法一八条に従い金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八二条を適用し被告人両名の連帯負担とする。

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは被告人らの本件行為は全逓労組に属する組合員として、不当な圧力によつて違法になされた疑いのある三六協定締結の真相を調査抗議しその破棄を求めるための団体行動に属するものであつて、正当なものであるから労働組合法一条二項刑法三五条により実質上違法性を阻却される旨主張する。よつて、右主張中主要な点について当裁判所の判断を順次示す。

一、被告人らの団体行動は違法の疑いある三六協定締結の実態を調査しその破棄を求めるとの正当の目的に出たものであるとの主張について

(1)  本件三六協定が締結されるに至つた事情は前に認定したとおりであり、当時全逓労組山口県地区本部が中国地方本部の指令にもとづき三六協定締結拒否の方針を中心に年末斗争中であつたことも明らかである。一方郵政省当局は同三三年七月以降全逓労組が被解雇役員を組織にかかえ(同年四月二八日春季斗争の責任者として本部三役を含む七名を解雇したが、同年七月の全国大会において被解雇者七名全員を組合役員として再選したもの)違法状態にあるという理由で中央地方を問わず全逓労組との団体交渉その他一切の話合いを拒否して来たが、右年末斗争に対処するため、特定郵便局における三六協定は、各局がそれぞれ労働基準法三六条に定める事業場に当るものと解し、各局毎に組合の下部機関または従業員の代表者を説得して締結するよう指導していたものと認められる。そして、全逓労組が公共企業体等労働関係法四条三項に違反する法外組合であるかどうか、郵政省の団体交渉拒否が正当であるかどうかは重要かつ根本的な問題として同労組がつとに主張し争い来たつたところであり、本件の年末斗争がその不当を主張し正規の団体交渉の再開を求めるためのものであることは明白であり、当裁判所としてもその重要性を認めることにやぶさかでないが、その当否は本件公訴事実の審理について直接必要なことでないから特にその点の判断は示さない。

かような状況下にあつて、須金郵便局長が従業員に対し、三六協定締結を呼びかけ説得すること自体は労使対等の建前からも、その方法が組合の切崩し分裂を計る等団結権の侵害と認められるような違法な方法にわたらない限りさしつかえないものであるがそのためには先ず、須金局班の代表者に締結方を申入れ班員の自主的判断にまつべきであり、組合員の殆んど全員を集めて三〇分以上にわたり締結方を要請することは決して妥当な方法とはいえまい。しかも、前記認定のように総員僅か一八名位の小局で局長と局員との個人的地域的結びつきの少くない特殊事情の存することを考え合わせれば一層その感が強い。しかしながら、同局長はその席上協定締結の場合当然得られる筈の利益を種々説明しただけで、締結に応じない場合現在以上不利益な取扱をうけるようなことを述べた形跡は認められないし、締結するかどうかの協議は局長退席後組合員だけで続けられ、席上上部機関よりの締結拒否の指令も確認し、指令どおりにした方がよいとの意見も出たが反面局長の要望に頭から反対するのも困るとの意見もあり、一般に組合意識も斗争意識も極めて低調であつたため班長と支部委員に一任するという投げやりの結論が出され、その結果両名が協議して局長と締結するに至つたことが認められる。もともと、福田局長は組合問題について深い認識や経験を持つていたわけでなく、広島郵政局など上局の指示に忠実な余り、局員に対する日頃の気安さから従来の例にならつて全員を集めて締結方を要請したのであつて、ことさら組合の切崩しの意図をもつて強制誘導などの術策を用いたとも思われない。このように、協定締結について福田局長にも組合員側にも軽卒な点がないわけではないが一応自由意思によつて結ばれたものと解するほかなく、右協定が同局長の強制や不当な圧迫によつて成立した無効なものであるとは断定できない。

(2)  弁護人らは被告人らが須金郵便局に赴いたのは協定締結の実態を調査する目的を兼ねたものであり集団抗議交渉のためではないと主張する。しかし、前掲山口県地区本部斗争指示一二号によれば同本部が前記認定のような判断のもとに管下各支部に動員方を指示したことは明らかである。右指示の表現が組合の慣用語で誇張した趣があるとしても、当時の状勢上事情の如何にかかわらず抗議しかつ協定の破棄を要求することは必至であつたと解せられ実際上も、須金局に派遣された被告人らは直ちに、福田局長を詰問し協定破棄を迫り、須金局班所属の組合員について協定締結の事情を聴取した形跡は少しもないのであるから、実情調査を兼ねこれを主目的として赴いたとは到底認められない。また、同本部として集団の抗議交渉を行う場合は少くとも五〇名の動員をする旨主張する。そして、須金局に赴いた被告人ら一五名はその際腕章などせず旗なども持参しなかつたことを認め得るけれども、須金郵便局の規模構造などの状況に照らせば、一五名位の組合員が狭い局舎内で一団となり局長ひとりに抗議交渉することはいわゆる集団交渉に当るといつて妨げない。

(3)  そうして、いつたん有効に成立した三六協定を正当な理由なく一方的に破棄することは許されないが、相手方の同意があればこれを解消することはもちろん可能であるし、斗争の最中に県下で三特定局においてのみ締結された状況からみて局長の不当な圧力が働いたと判断することも一応もつともであり、これ以上斗争の足並みを乱さないためにも、県地区本部として右協定の破棄を交渉することは組合にとつては当然の措置であるから、その交渉の目的で須金郵便局に赴くこと自体は許された行為であると言い得るけれども、同局長には右協定破棄に応ずる義務は当然にはないわけであるし、また、交渉の手段方法が社会通念上相当と考えられる方法でなされない以上交渉に応ずる義務があるともいえない。

二、被告人らの行為は手段としても相当であるとの主張について

(1)  証人福田角一、同中村慎省の各証言及び小路嘉人に対する証人尋問調書の記載によると、次の事実を認めることができる。福田局長は県地区本部より集団交渉のあることを察知し補佐のため派遣されていた中村慎省、小路嘉人と協議のうえ、集団交渉の目的で来局する組合員の立入りを拒否することを決め、右両名をして通用門入口の警備に当らせた。中村慎省は小路嘉人と通用門前に並んで警戒中、防長バス須金停留場から一団となり進んで来た組合員中先頭から二、三人目に顔見知りの被告人千葉を見付けたので同人に当日勤務を要する職員以外立入りできない旨告げたところ、後方にいた組合員中から今日は何時もと違うといつたかと思うと、一同はそのまま中村小路両名の方に突き進み、どうするひまもない間に、わつと先頭から通用門の引戸に体当りの形で引戸を押し倒し、同所から通路や自転車置場に使われている局舎の敷地に入り外務員室を経て事務室に全員立入つた。以上のとおり認められるところ、弁護人らは右引戸はあけようとして半ば開いたとき扉がはずれて右寄りに倒れかかつた旨主張し、証人重岡猛は右主張に添う供述をするけれども、事件直後の状況を小路嘉人が撮影したと認められる押収中の現場写真綴中二、四、六の写真と前記中村小路両証人の証言を合わせ考えると、かなりの力をもつて押し当つたため下の桟がこわれてはずれ、引戸が向つて右側の隣家の壁に倒れかかつたと認めるのが相当であり、重岡猛の証言は措信できない。

(2)  弁護人らは入局禁止の貼紙と中村、小路両名による入局阻止の意思表示は斗争時に常に存在する形式的なもので慣行上無視されており、従来これを無視して立入つても違法視されたことはない旨主張し、証人西沢宏、同浜西鉄雄は同趣旨の供述をしている。しかし、局側がそのような形式的意味で阻止しているに過ぎないことを認め得る証拠はない。多くは組合側がこれを無視し実力をもつて立入つているにとどまり、管理権者の意思に反しないものとして当然に立入りが容認されるとはとても思われない。本件の場合においても、前記中村らは実力で阻止することはしなかつたけれども明確に立入り拒否の意思を表示していて多少でも被告人らの入局を容認した形跡は認められない。

(3)  さらに、弁護人らは日常郵政業務はもちろん組合の用務で須金郵便局々舎に通るのに一々局長にことわつて入ることはない、通用門は平素あいていることが多く、局舎裏の私宅の住人も出入りに通用門を利用していて、これら通用門、局舎の平素の使用状況は本件立入り手段の相当性を考えるにあたり斟酌されなければならない旨主張する。日常須金局のような他の特定郵便局にでかけた際一々許しをうけないで入局し別段責められないのが普通であるとしても、それは正当な用務で他局を訪れる場合には入局につき、一般的に、暗黙の了解が推測されているため別段問題とされていないだけで、顔見知りのない他局にでかけた際には入口であいさつして入るのが通例であり、そうでないときでも局長その他の管理権者の許諾が全然不必要というわけのものではあるまい。また、局舎裏の私宅の住人は須金局との特別な関係上通用門の使用を認められているだけであつて、通用門及びその奥の通路はすべて須金局の管理下にあることは福田角一、中山数見両証人の証言により明らかであるから、局長が局舎管理の必要に応じ通用門を閉すことがあるのは当然である。被告人らが民家住人の権利を口実に或いは平素開いていることが多いことのみを理由に通用門より当然入局してよい道理はない。本件の場合のように、斗争時に一、二の者を除き局長と顔見知りでない者多数で赴き、しかも局の管理権者側から明確に入局を断られた場合には、原則として、用件を述べ入局の許諾を求めることが要求されているといわなければならない。

(4)  次に、弁護人らは須金局長が組合との交渉または話合いに一切応じない意思でした入局阻止は違法であり、被告人らは入局に際し特別に暴力にわたる行為に出ていない旨主張する。福田局長が全逓労組山口県地区本部との交渉に応じない意思で入局をことわつたことは事実であり、同人は組合とは団体交渉その他の話合に一切応じないようにとの郵政当局の指示に従つて入局を拒否した旨証言する。当時郵政当局が全逓労組を法外組合とみなし団体交渉拒否の方針を採つていたにせよ、郵政業務の円滑な遂行を計るためには組合と全く話合いをしないということは不可能であり、事実上組合と話合い協定して来ていたものであり、本件三六協定も全逓労組の下部機関である周西支部須金局班長と結んでいるのである。してみると、自ら須金局班に協定締結を申入れ締結しておきながら都合の悪いときは須金局班の上部機関とは右協定に関する話合いに一切応じないという局長の態度は甚だ問題であり、被告人らの言い分にもつともな点がないわけではない。しかしながら、被告人ら山口県地区本部の交渉団の側においても、入局前福田局長に対し本件三六協定について交渉を持ちたい旨の申入れをした事実は全然認められない。被告人らの求める団体交渉は、それが正規の団体交渉であると否とにかかわらず、先ず交渉方を申入れたうえ、交渉の日時、場所、事項、人員などを予め定めてすることが通常の方式であり、そのような暇のない場合といえども少くとも話合いの申入れ程度のことはなすべきである。使用者側においていわゆる集団交渉に応ずる意思がないと思われる場合でも代表者をもつてする交渉に応ずることがあり得ないでもないから、先ずもつて、交渉方を申入れかつ一応の説得程度の手段を尽すべきである。

そして、労働基準法三六条によれば時間外及び休日労働に関する協定は事業場毎に締結されることになつているから、当該事業場に組合の支部または班があるときはこれらのものと協定を結ぶ建前である。郵政省と全逓労組間には従来中央及び地方において団体交渉等の方式に関する協定がなされ、三六協定についても右協定の方式に従い組合支部とその地区内の特定局の代表との間に締結されたこともあるが、本件三六協定が結ばれた当時は郵政省が全逓労組との団体交渉その他一切の話合いを拒否し無協定の状態にあつたため、三六協定は原則に戻り事業場たる郵便局別に締結することも可能であつた。従つて、須金郵便局長と全逓労組須金局班長との間に自由意思によつて締結された本件三六協定は形式上も実質上もかしはない。されば、須金局班が山口県地区本部の指令に違反して締結したにせよ、同本部が右協定の破棄を求めるためには先ず、須金局班所属の組合員を説得して同班をして交渉をなさしめるか、或いは同班員を交えて交渉をなすべきであり班の意思に一切かかわりなく破棄交渉をしてよいわけはない。

かようなわけで、須金局長に対する交渉団の責任者たる被告人千葉としては、通用門前において中村慎省から入局を拒まれた際少くとも同人に来局の趣旨を説明し局長との話合い方を申入れ、全員の立入り交渉が難色があれば数名の代表者をもつて交渉することを要求すべきであつた。現に証人西沢宏の証言によれば同日同様交渉の目的で下松市大字米川所在米川郵便局に赴いた組は、狭い局内に一五名余りの者が一度に入つて話合いができるかどうか初めてゆく局でわからないという考えから、責任者たる西沢宏外数名の者が先ず入局して話合い、他の多数の者は入口土間に待機し、かつ米川局班所属の組合員を説得して意思統一を計り、班として三六協定破棄の通告をすることにしたことが認められるのであつて、局長の態度が須金局と米川局とで多少異るにせよ、千葉被告人としてはこの程度の配慮をなすべきであつた。しかも、証人浜西鉄雄の証言によれば、全逓労組としては局側の入局阻止は無視して実力で立入ることを常としているというのであるから、福田須金局長の採つた態度に前述のような遺憾な点があるとしても、同局長がこのような形で須金局班とかかわりなく行われる集団交渉に応じられないとして入局を阻止したことをいちがいに違法とすることはできない。

元来使用者側が故なく団体交渉に応じない場合でも、団交拒否という不当労働行為に対する法的救済手段が整えられている以上原則としてその方法によるべきであり、みだりに自力救済をなすことは許されないものである。上述のような一応の手段を尽さないで使用者側の阻止を実力で排除しその管理する場所に立入り交渉することは他に救済の方法なくそのような非常手段もやむを得ないと認められる相当な事情がない限り正当とは認められない。しかるに、既に認定したように、被告人らは制止する中村慎省らを無視し問答無用とばかり全員一団となつて突進し通用門の引戸を押し倒し入局し、須金局班の意向を確しかめることもしないで、執務時間中用件で来局中の公衆から見通せる事務室内で局長を取巻き三〇分以上にわたり悪口雑言を放ちこずいたりなどして執拗に抗議交渉したのであるから、たとえ局長が黙否し回答しなかつたことが騒ぎを大きくしたとしても、なおかつ交渉手段として社会通念上許容される範囲を逸脱していることは明白である。仮に組合員としての団体行動の間に生じた建造物の侵入は、個人住宅の平穏を被害法益とする通常の住居侵入の場合と異り、管理者の意思に反しただけで当然に成立しないとしても、管理権者側の阻止を実力により排除して立入り、かつ、喧騒、暴行にわたる行為のため局長が一時局舎外に退避(証人福田、中山両名の供述により認める)せざるを得ないような状態を生じさせその業務に支障がなかつたともいえないのであるから、実質上建造物の平穏を害したものといわざるを得ないのであつて、団体的交渉の手段として従つて局舎立入りの手段として相当であるとは到底認められない。

三、以上それぞれ判断したほか本件行為の行われるに至つた諸般の状況を合わせ考えてみても、被告人らの本件局舎侵入その他の行為が社会通念に照らし正当であるとは認められないから、実質的に違法性を阻却するものでなく、被告人らは組合員としての団体行動の故をもつてその責を免れることはできない。

(量刑の事情)

本事件は全逓労組が相当の決意をもつて遂行していた昭和三四年々末斗争中に、その下部組織である周西支部須金局班が先に認定したような事情から須金局長の要請をことわりきれず上部機関の指令に反し三六協定を締結したために生じたものである。同組合山口県地区本部としては当時教宣活動オルグ活動を徹底的に集中して実施した結果、右斗争の意義と重要性は全職場全組合員に浸透し斗争の最低基盤である三六協定締結拒否の態勢が確立されたと信じていた矢先、周西支部管内の三特定局において三六協定締結の報告に接したため、これらは当該局長の組合員個々に対する不当な切崩しまたは圧迫によつて生じたものと判断したことは一応やむを得ないことであり、以上三局長に対し協定破棄の交渉のため組合員を派遣することは組合としては当然の措置である。しかしながら、現実には本部の期待に反し、須金局のような平穏な農村地帯の末端組織の組合員には該斗争の意義が充分理解され納得されていたとはいえないのであるから、右協定締結がいちがいに局長の不当な圧迫によるものと決めてかかることをしないで、被告人らとしても相当の調査や一応の手段を尽して破棄交渉をなすべきであるのに、ことここに出でないで局側の阻止を実力により排除して一挙に全員入局し、内勤者数名が来局中の公衆相手に執務中の事務室内で上記のような抗議交渉を繰り返えし、その間豊島被告人において前示暴行に及んだものであつて、被告人らと応接した福田局長のかたくなな態度がこれを一層助長したきらいがあるとしても組合の団体行動として明らかに行き過ぎた行為である。同本部書記長或いは青年婦人部長の地位にある被告人らとしては須金局における交渉団の責任者または補佐役としてそれ相応の責を負うことは免れない。しかし、同時に抗議交渉に赴いた米川、戸田両局の場合に比し、須金局においてのみこのような事態を生じた理由は、一には被告人千葉と同行した組合員中に被告人千葉の指示を待たないで粗暴な行為に出たと認められるような者がいたことと、一には福田局長が組合活動について深い認識を持たずかつ組合と交渉した経験に乏しいうえ、応援のため派遣された中村慎省らの補佐が当を得なかつた点もあつて、当初から組合との交渉に一切応じないとの強硬な態度に出、実直な人にありがちなかたくなな態度を持し適当な方法による話合いの道を考慮しなかつたため、混乱と喧騒を一層大にした傾きがあることは情状として考慮されなければならない。そして、千葉被告としては最初福田局長に対し身分を明らかにして協定破棄の申入れをするなど平静な交渉に努める意思であつたことが認められ、格別粗暴な行動に出たことを認める証拠はない。また、本件が純農村地帯の小さな街に生じたためその地方としては異常な出来事であるにしても、被告人豊島のした暴行の程度は極めて軽微である。そのうえ、被害者たる福田角一、中村慎省はもちろんその上司たる郵政当局において、本件を内部規律違反として懲戒等の処分に付することは別として、刑事処分として取りあげることを望んでいたと認められる形跡は存しない。そのほか本件審理に現われた諸事情を参酌し、懲役刑を科する必要はないものと認めて罰金刑を選択し、被告人両名を前記金額の罰金に処しこれを戒めるをもつて足りると考えた。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 黒川四海 五十部一夫 石井恒)

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